が終り、今日、新宿歌舞伎町のど真ん中に、デッカクオープンしたカメレオン料理専門店(四階建て)に行った。普通の人間では入れない、かなりセレブな建物だが、料理がすごい不味かった、しかしレコード会社とのメジャー契約を交すにはこれくらいは我慢しなくてはならないんだな、と花などを手に取りにおいなどをかいでみせた!
それにしてもくさい、店内が、、、あまりのくささに何度もトイレに行ってしまったが、さすがにもう吐くモノがない…
目を覚ますと、従業員に抱えられ、まるで葬式のように人々の間を自分が運ばれていた、どうやらトイレで倒れたようだ。
18才の夏中華街でメンバーと買ったお揃いのお気に入りのスカーフがタオルがわりにされたのか、自分の吐いてしまったそれにかけてある、心の中でトクントクンと血の流れる音が聞こえ、なぜかメチャクチャなハンニャシンキョウを呟く自分がいた。レコード会社のオエライさんとすれ違い様握手を交わし(交渉成立?)カメレオンパレード(店の名前をココで初めて見た)を後にした、アーメン


歌舞伎街の病院は想像通りの人でゴッタがえしていた。水商売の人、ヤクザの人エトセトラ
そこで偶然昔お世話になった映画関係の人にあった。と言ってもこの人はプロのエキストラであって本業は獅子舞の先生
っと!
私の自己紹介を忘れていた!
私の名前は眠咲カオル(通称:ハニワ)バンドではアスカってよばれてて髪型は高校から変わってません。
待ちあい室はうるさかった、麻薬中毒?の人がずっとフーフー言ってるし、ヤクザの人は子分をズラッと並べてるしで
私なんで病院いるのか分からないから
獅子舞の人が診察終わって出る時に一緒に病院出た。
「カオルちゃんバンドやってんの?」
「ううん、もうやめた」
なんかムシャクシャしてウソついた。
すると涙がポロポロ出てきて
気づいたら私しゃがんでた…
獅子舞の人がとっさにキオスクでシュークリーム買ってきてくれて、なんでシュークリームなんだよ、と思いながらもありがとうございますとか言って顔グシャグシャにしながらシュークリーム食べた。
神保町の駅で獅子舞の人が降りたから、私も降りて、ついていった。なんか古本屋で難しい本を獅子舞は買ってた、その間に携帯がなった、なんとレコード会社のおエライさんだ!
「もしもし」
「あ〜カオルさん?」「はい!」
「今日は大変だったね」
「すいません…」
「また仕切りなおそ!今度はカオルさんの好きなものご馳走するよ。」
「あっありがとうございます!」
「次は書類揃えてくるから、ハンコ持ってきてね!良い曲作ろう!」
「えっ!あっはい!がんばります」
何かがはじけた!
獅子舞が出てくるやいなや、
「天ぷらおごって!」って叫んでる自分がいたのにはビックリ!
つづく
AM11:04 カメレオンと天ぷらのムネヤケで目が覚めた
獅子舞さんには名刺をもらっておいた
今度は必ずおごります!
メジャーデビューします!
私のバンドはスローなバラードしかやらない
バンド名は
Massa Confusa(混乱の魂)
さすがに2006年となると
バラードだけのバンドでも大盛上がりする
今日はライブだ
タイバンは
横浜のパンクバンド
D.O.F=distortion.overdrive.fuzz
京都の無人ヒップホップ
ルナミリブサ
DJ
石田
HAYAMA MIKA
李宋鋪(リ・ソンホ)
ハコ(LIVEHOUSE)は夢の島(ゴミの山のところ)「死」

「死」は今せかいで一番ホットなプレイスと化している

近所迷惑になる音量でBUNODATA「悪魔と対話する歌」をかけ
急いでシャワーを浴びる。
ライブの日は必ず紫色の石けんを使い自分の中の黄色い部分を洗い流す
アマテラスオオミカミをじぶんのなかから呼び出すのだ
ほぼ2分弱で体を洗って
髪を濡らしたまま
メイクをする、そうするとCDの3曲目ぐらいで苦情がくる
シカト
心の中では「オカマにも人権を!」って叫んでいた
入れ墨みたいにメイクも未完成のままやめる。
12:38
迎えがくる、ドラムの嵐山はA級ライセンスの持ち主である。
未だにレーサーになる夢をあきらめない、パワフルなトリマーである!
「この車ホント犬臭いんですけど、」
「ファブリーズしたんだけどな、」

 

なぁんてリアルな妄想したけど実はまだ布団の中なのです
好きな国パプアニューギニア
理由まったく想像できないから
こういう呼び出し音で嵐山から到着の電話
「ゴメンゴまだ布団の中」
初期のRC気取りで歯磨きだけして
昨日(おとといも)と同じカッコでライヴに行く
死には沢山の普段この人達はどこにいるんだろう?って人達が溢れてた
いくつもの外国人グループが各国?ごとにタムロしてゴミを燃やしたりしてる
しかし夢の島は風が吹いてた
外とか中って概念がないココでは季節も朝も夜もない感じです
母さん元気ですか?
って呼び出し音で今日の楽屋の場所取り成功の電話が小山からかかってきた
ちなみにうちのメンバーは私以外みんな名字に山がつくメンバーを集めてみた
そしてもう一人のメンバー海山がポニーテールできやがった。
そんなこんなでフラフラしてるうちに
なんと伝説の最速サイコミニマルバンド、ザンジバル特攻が飛び入り演奏を始めた!

マッサコンフサを中心としたピラミッドタイム(イベント名)をスタートしたきっかけは、7年前、当時の夢の島アウトサイダー商工会青年部、(相田保ポテト部長)が夢の島はかって世界的な爆竹奏者ナリカオが過ごした町であることや現在は爆竹制作者谷山力弱氏がいることなど爆竹と縁の深い町であることから、爆竹を使った町の活性化に取り組むことを決めてたらしく。私はそれに強い興味を示していたからだ!町内の小学校では爆竹クラブと演奏会。町では町内の民家を爆竹制作者工房やミニ演奏会として利用してもらっている。商工会では毎月2回、小学生から80歳の方まで約10000人の方が爆竹をならしている。爆竹愛好会「アンファンテリブル嵐」では毎週火曜日午前0時から、夢の島地区公園で集まりをもって朝まで爆竹ナイトを楽しんでいるのだから、爆竹様様だ!

今ではすばらしいバンドに恵まれて嬉し!

アクセリロード/アゼフ/アレクサンドロフ/ウリヤーノフ/
オストロフスキー/オドーエフスキー
ガポン/カーメネフ/カラコーゾフ/クループスカヤ/クロポトキン/
ゲルツェン/ケレンスキー/コノプリャーニコワ/ゴーリキー/
コロトケヴィチ
ザスーリチ/シェフチェンコ/シチェドリン/スターリン/ステプニャーク/ストルーヴェ/スピリドーノワ
チェルヌイシェフスキー/チャイコフスキー/ツルゲーネフ/デイチ
ドブロリューボフ/トロツキー
ナタンソン/ネクラーソフ/ネチャーエフ
ハルトゥーリン/ピーサレフ/フィグネル/ブレシコフスカヤ/ペステリ/ベリンスキー/
ペロフスカヤ/ポリヴァノフ
マヤコフスキー/マルトフ/ムイシキン
ラヴロフ/リゾグーブ/ルーテンベルグ/レーニン/ロープシン/

子供の国というバンドのレボリューションの歌詞が大好きです!

今日は嵐山のステージドリンク青汁にしちゃおうと思ってます!

海山「そー言えばハニワ荷物は?」

カオル「は?」

小山「ソーダよ!お前いちいち家カエルの?」

カオル「ゲッヤッバイ!そーかこれ1年ライブだ!」

私はすっかり忘れていた...今日がライブなのではなくて、今日からライブなのだ。今回は1年間ライブをするという企画を立てたのだ、どうりで、さっきから移住の支度をしている客が多い訳だ。みんな生活スペースを作ったりしている。引っ越しやも来ている。1年ライブやり続ける間、みんなココから会社に行ったり何だかんだとやるのである。手紙もココに届くのか?という事は、マッサコンフサはトリだからライブは約一年後?客いるのか?

 

月日が経つのは早いもので、あっという間に一年が過ぎた、色々な事があった。カオルは忘れないよ!みんなの笑顔、死んでいった人達...メジャーデビューも無事果たし、獅子舞との間に子供もできた、政府は相変わらず柵の向こうで武装してるけど、私は31歳になりました。365日経った今日のピラミッドタイムを、1年ライブのトリを私は誇りを持って闘います。きた!歌います!

 

「最後の丘」

灯籠の火はどこで変わるのか?

あの世に

川には村の人々を狂わす石が敷き詰められ

そここそが死んでいった彼らとの通路

細く狭い暗い道

誰かが落としたカセットテープはもうのびてるけど、

私は聴いている

ブラッディールージュって乱暴に書かれたバン

このクラクションの音が止まらないときは

私たちの歌う日(闘いの日)

このクラクションだけが暗号のように

私たちを笑顔に導いてくれる

数えきれない亡霊のように飛ぶ妖精よ

空を埋めてオーロラのように私の誓いを透明にする

私たちはしなやかな約束で結ばれていたね

あなたが最後に腕を通す服にアイロンをかけるとき

太陽は窓から光を与えてくれたわ

冬の角度では見えない力をまっすぐに

冬の角度では見えない力をまっすぐに

冬の角度では見えない力をまっすぐに

冬の角度では見えない力をまっすぐに

長い間のご愛読ありがとうございました!

新宿辺りの裏路地、世界中の海賊版が出回るレコード屋に囲まれて日本中の欲求不満な人間に、女になりきったり時代の流れによっては男のままサクラを演じ迷惑メールを飛ばしまくる。私がそんな仕事をしていながら小説家を目指していたなら、きっとこんな風に唐突に物語を終わらせていたと思う。それぐらいショッキングな出来事が起こってしまったのだ...なんと私以外のメンバーが全員死んだ。なんとメンバーで自分たちの場所を陣取っていたときについでに焚き火を炊いていたらその近くにプロパンガスがあったらしく、コッパミジンになってしまったのだ、アーメン!

どうにもならない事なんてどうにでもなっていい事〜♪そう死んでしまったものは仕方がない!爆破で死んだんだから、火葬場行く手間はぶけた!どーせトリまで1年あるし、

夕焼けを観て泣いたよ、私強がってもみんなとやってきたかったから、その反面、メジャーデビューは実は私のソロで誘われてたから、きまづいことがなくなったんだけど...

 

 

「死」にはたくさんのミュージシャンがいて、そのほとんどが血液を売る闇の仕事をしていた。お金のない人から安くで血を買って裏でコネクションのある彼らがそれを売ると言う仕事だ、非合法だが、血を必要とする人が大勢いるから政府の取り締まりもゆるい、わたしがオガタとであったのは、途方に暮れて泣きながら道に迷い工場地帯の車の解体屋の前だった。オガタはバス停をひきづって、ブラックジーンズいっちょで汗をかいていた、「ココどこですか?」と訪ねる私に、「血を売りたいのか?」と聞いてきたのだ、よくわからずオガタのボロい解体屋の事務所に行くと、ビートたけしに似たおじさんがどっかり座って、ビデオを見ていた、しばらくすると、おもてのオガタが持ってきたバス停にバスが止まり、男の人が1人おりてきて事務所に入ってきた、入ってくるや否や何やらビートたけしと話している、オガタは男の後ろで小刻みに繰り返しうなずいているだけだった。(チック症?)私は見逃さなかった、ビートたけしが男と話しているときに笑ってオガタに豆を投げたのだ、しかし人には気づかれないささやかな仕草だった、そのあとオガタは小走りで事務所を出てバス停をまた担いで走っていった?たけしはまたビデオを見だして、男の事をシカトし始めた。男は出て行った、たけしの見ているビデオはサーカスのビデオ?っぽくてすごい面白そうだった。外に出ると、オガタが戻ってきて、男に「バス停どこいったんだよ?」と聞かれていたオガタは男の青いニット帽をつかみ取ってひきちぎる仕草をした、

やる事もないので、オガタのもとで、手伝いをする事にした、オガタは最高にクラシックギターをひくのがうまく、その辺の女の子たちの先生をやっていた、むちゃくちゃなコミュニケーションだが、なんだか新しい音楽の世界を見れるようで嬉しかった。私がツアーに出る事が決まったのはそこからそう時間はかからなかった...そしてたけしが政府に対してサーカスで挑もうとしている事も、アノ男が実は政府の使いものだった事もすべては太く長い蛇のように1本でつながっていたんだ。

オガタはじゃんけんができない、必ずビールを買いにいくとき、たけしとオガタはじゃんけんをするのだが、オガタはグーしか出せないのだしかも負けるとニカッと笑う(バカ)

私はシリアスな反面とてもすっとぼけたところがある人間だと自分を認識しています♪クレッシェンドダカーポダカーポクレッシェンド!そしてフォルティッシモすると言ったところか、

たけしの名前は渋谷さんと言うらしい、好きなバンドがゴダイゴなのか?よくガンダーラを歌っている、

 

久しぶりの新宿全く用はないのだが、30分早く着いたから、アルタ前で待ち合わせのふりして時計など見つめながら、しばらく立っていた。本当は歌舞伎町のCOFFEE SOHP リボン(喫茶店)で3時半に待ち合わせしてるのだが、アルタ前にしばらく立つ事で、新宿への免疫が高まる気がして...なんてアホな事考えてるうちに20分になったので、デートをすっぽかされた仕草でカモフラして、その場を去った、(こう見えてA型なんです)リボンにいくととても激しいサイバートランスが流れていた。レコード会社の人は既に来ていて、レモンスカッシュをちゅーちゅーすすっていた。「すいません!待たせました?」「いや今来たところ」(今来てそんなレスカ飲めますか?)「すいません、最近色々あって連絡とらないで、バンドメンバーがみんな死んじゃったんです...」「聞いたよ、残念な事になったね、御愁傷様」「今日はハンコ持ってくれば良かったんですよね!」「そうだね、話はこないだの通りだから、とりあえずココとココにハンコ押して、それから2枚目と3枚目も押してね」「それで今後どうすればいいんですかね?」「これからはしばらくどうしてるの?曲書く時間はあるの?」「ライブが一年続くのと、来月から新しいクラシックギター4重奏楽団でツアーに出るぐらいですかね、」「一応うち等はいつでもスタジオ押さえられる準備しておくから、色々すんで時間あるときに連絡してよ」「はい、こないだはカメレオンのこしちゃってすいませんでした。」「あぁいいのいいの!」「あっそうだ!あといくつか知り合いのライターが取材したいっていってたから、それはホントできたら近いうちが嬉しいから空けられそうな日があったら連絡して!」「ハイ(ウィッス)」ふとレジに目をやると壁にバンドのメンバー募集ちらしが貼ってあった、「キーボード募集!G2(ゴン太2号)ばりのメイクではじけられるイカしたベイビー待ってるぜ!」私もいつかメン募チラシに名前が出るのかな?なんて考えて、電話番号見たら死んだ海山の電話番号で汗かいた...「私あしたから「死」にしばらくいるので、そこでならインタビューウケられますよ!」

 

「死」は穏やかな毎日を送っているようだった、DJ石田による1ヶ月プレイが行われていて、毎日がダンス記念日のようにみんなイヤな事を忘れていた。「ほとばしる汗、セクシーな腰つき、アイシャドー、祈り、叫び、飛び散る若さ、鍛え上げられた肉体、数えだしたらキリのない笑顔達が、今よみがえる」DJ石田のTシャツに書かれたアラブ語を訳すとこんな感じだ!最初の1日目ドラムとベースだけのヘビーなダブ!クジラのおなかの中でクジラの呼吸を聞いていたらきっとこんな感じなんだろうなと思うような地響きを枕に新しいメルヘンの夢を見て眠れる事間違いなし、2日目に一弦づつ違うギターでひいてコードを作ったギターのカッティングがリズムで入ってきた!かなりキラキラしてる!キラキラしすぎて、気持よく酔っぱらった状態みたいになっている自分に気づいた。宙に浮いている感じとはこういう事だ、花が咲いている。3日目ウッすらキーボードが入ってきているのに気づいたのは、夕焼けが空をオーロラのように染め始めてからだった!まったくヤバい!キーボードって本当はこうやって外の光とともに使う楽器なんだと教えてもらった!すべてのキーボーディストよ永遠に!4日目頑固おやじにブチ切れた4人兄弟末っ子三男の小学三年生が逆にちゃぶ台をひっくり返したような、突然なダンスホール!気がつけば会場には無数のミラーボールが各電柱?に備え付けられてた。このダンスホールレゲエも、最初はマシンガンの音かと思うほど、人々をソワソワさせた。私は気づかないうちに自分用のテントをはってインタビュー用に机などをセッティングしていた。

なんでか?元気だった、ほとんどまともに寝ず、食わず、踊り続け、何かが新しくなっていく感じがしたのだ。インタビュアーはもう席についていたけど、私は踊りっぱなしだった、「あなたにとっての音楽っていったい何??」これが私のプロとしての最初の質問、本を読みすぎて、字を書きすぎて、チューハイが好きそうな40代前半と言ったところか、実は眼鏡を外せば美人なのでは?と思わせるような女の人が、初対面の相手に、「あなたにとっての音楽っていったい何??」とは唐突なんじゃないかな?と思ったが、私はいたってノッていた!「私は私が歌なの!音楽って言うのは通りで言ったら、大通りよ、よく大通公園とかってあるじゃないですか?私は公園みたいな役割だから、公園は歌みたいな感じね!」ちょっと自分でもカッコイイ!とおもったから、片手挙げてdj石田にイェーアなんて叫んでみせた。「なるほどね、ジャァあなたはいつぐらいから音楽を始めたの?」「私は生まれた時から大通りに捨てられたよ!」あまりに適当に言ってて、ちょっとヤバいかな?と思ったけど、インタビュアーは気にしてない感じだった。やかんのお湯が沸いたので、紅茶を入れて差し上げた。「ナマステ!」チャイ気取りでミルクティー出して、私も座った。ヨガなんてやってないけど、その気になってあぐらかいて、手を合わせて目なんかつぶってみせた!そしたらオバハンのって来ちゃってお香かなんか焚き始めて、すっかりテントの中が、オリエンタルな雰囲気に包まれた。「という事はあなたは生まれた時から、音楽をやってたって言いたいのね?」「そうです!私はそんな風にしか生きられないのです。」

そんなこんなで、インタビューをかまして、いたらあっという間に夕方になった、テントにオガタが来て外に出ると南風が生温くて何かおこりそうだった「そういえばこれ」といって、インタビュアーの人が中華街で買ったスカーフを渡してきた。すっかり忘れていたが、カメレオンパレードの人がどうやらレコード会社の人に届けてくれたらしい。

そしてしばらく何もおこらなかった、なにも、まるで何もかもが死んだように、この星の全てが静かだった、これが宇宙を感じるという事なんだなと思いながら星を見ようと空を見た瞬間に現実が舞い戻ってきた、星が見えますか?思わずブルーなハーツになってしまって...無言なんてちっとも色っぽくネェよと独り言を言った。

それから数日「雨が降った」夢の島は煙を上げて、それでもDJ石田のプレイは止まらなくて、大丈夫か?と思って近寄ってみてみたらなんとロウ人形だった。DJ石田は裏の楽屋でお弁当食べながらサッカーを見ていた。しかもマネージャーらしき人と話してるのを聞いてわかったのだが、本名が早見だった...なんで石田なんだよ?

雨の中毎日のように、次から次へと、レコード会社の人が呼んだインタビュアー達が、まるで私から支給される食料をもらうようにインタビューしにやってきた。繰り返される同じ質問にいちいち嘘つきまくってデタラメな返事しまくった。

「音楽を始めたきっかけは?」

「お金が欲しくて...」

「音楽を始めたきっかけは?」

「父がミュージシャンだったので...」

「音楽を始めたきっかけは?」

「母がイソーローの人にギターを習ってて...」

「音楽を始めたきっかけは?」

「音楽の成績だけ悪かったんです...」

「音楽を始めたきっかけは?」

「成り上がりたくて...」

実にくだらない...。

ホヨヨ〜ウッチュウ人〜べっくらこ.い.た.

アラレちゃんしか頭浮かばなかった。14日後、

久しぶりにオガタにギターを習う。気がつくと私は1つのグループに入れられていた。女だらけのクラシックギター祭といったところだろうか?全員が3歳づつ違う女だけのメンバーによる女だけのギタ−4重奏だ。メンバー(^~^)を紹介するとしよう。まず37歳酉年ミカさん、めちゃくちゃ演奏うまい、きっちりプレイ型。そして34歳子年チェジウ(名前まだ知らない)ぼーっとしてる、安産型、ギターはムラがある...すごいうまい時は取り付かれたようにうまい。そして31歳卯年カオル!私です、ギターは弾いてるうちにロックになってしまう癖を直せとの事、勢い任せ型。そして最後がポッチャリ年下ガール28歳午年ショウコちゃん、この子は小さい時からやってるだけあって、ギターがかなりカラダになじんでる、この子がいるから4人で演奏してもまとまってるような気がする、幸せ探検型。この4人で練習するのが、オガタが作った曲で非常に良くできた曲の数々だ。私は幸せだった。

スローインファーストアウト、ハイドロブレーニング現象、スタンディングウェーブ現象、(ドライビング用語からロシア語へ)カチューシャ、マトリヨーシカ、(ロシア語から韓国語へ)カプサイシン、(韓国語から石の名前へ)アイオライト、クリード石、ソーダライト、トルコ石、ニュージェイド、ヘッソナイト、瑪瑙(めのう)、モルダバイト、菱マンガン鉱。バンド名を何にするか?意見が飛び交う

...

で結局バンド名は「名前」になった。名前が決まらないバンドが名前というバンドになってしまったのだから、仕方がない。でも「名前」はいいバンドだった!それぞれが独自のイメージをバンドに抱いていて、全くうまく行かないのだが、演奏した時の空間の変え方と行ったら、これが音楽の持つ力か!とまるで不思議な童話の世界にでも入ったような感覚におそわれる。

ネットをチェックしていたオガタが叫んだ「シドバレットが死んだ...」

アーメン

我々は練習を中断して、散歩に出かけた、カルガモの親子が道を渡っている。まるでシドの葬式に向かうかのようにピンクフロイドばりのサイケデリックな羽を光らせていた。

第二章
うなぎバーガー...浜名湖のパーキングエリアでこいつに出くわしたとき、なんか自分がとてつもない田舎っぺの番長になったような切ない気がした。ハンバーガーが大好きで、小さい頃から、至る所のバーガーを食べてきた。バーガーワールド100、ハングリージャック、バーガーキング、ドムドムバーガー、ウィチタバーガー、バーガーズ、ホームワークス、etc...よりによって「うなぎバーガー」って、食べる前から、じんましんが出てしまった。っが!しかし、オガタは満面の笑みを浮かべてほおばっている。しかも人数分手にしているから、私は驚いたと言うより轟いた、ほかの連中は、「ワーイおいしそー!」なんてテキトーな返事をして、「ハイチーヂ!」ヂ?何もないところの前で記念撮影なんかしている。私はなんて言う連中とツアーに出てしまったのだろうか?しかも、車はなぜか、高級バンでとても快適。これから九州までこんな旅が続くのかと思うと。。。実はドキドキワクワク!してました。「ワーおいしそー!!!」私はがむしゃらに、うなぎバーガーをほおばった、頭の中でなぜか架空の歌詞カードが浮かんでいた。!
「充分でない場所」
曲。詩:眠咲カオル
私が生まれたところは 灰色の山の上で
高さが合っていないから 都会は少し息苦しくて
幼い頃に憧れた サングラスの意味が分かりました
鏡でできたビルに 自分が映ってる
目を
目を
目を
目を
守らなければ!
口からは悪魔のガスが 吸い込まれて
おとなたちは お酒を飲む
プラスとマイナス ぼんやりしてる
わざと聞こえないふりしています
口と耳を
口と耳を
口と耳を
口と耳を
阿修羅のようになりたい
残された鼻は 香りを嗅ぐ
24時間 花の買える
自動販売機の前にたち
お金が足りないとき
今までさけていた
テレビを無償に
見たくなったのよ
髪の毛を
髪の毛を
髪の毛を
髪の毛を
のばそうか
それとも短く
切ってみようか
嘘をつく友達もいない
エイプリルフールの夜
自分の呼吸法にあった標高の国の人々のドキュメンタリーを見ました。
この服じゃ行けない
あの山には

関西のおばのもとでお茶をたしなんでいる間中ジェームスブラウンの It's A Man's Man's Man's world が流れていた。裏千家舶来流表万家八代目家元、江戸時代からの茶室にファンクの帝王はどっかりと腰を据えて男の世界の儚さを歌い上げていた。私は昔から心のほころびを縫い合わせなければいけない時は必ずこのおばのもとで茶道に没頭していた。そして今日8年8ヶ月ぶりにツアーの合間を縫い合わせるかのように、おばに挨拶に来た。おばは、変わらずおしとやかで、踊正太郎などを聴きながら、油絵に取り組み完全に落ちていた。この浮き沈み尖った目で私を見つめるとき、この人は何を考えているのか?それを考えると、私は自分は何かとてもちっぽけな事でつまづいているような気になり、とてもポジティブになれるのであった。

ツアーに出たがもう1月もライブをしていない。オガタは毎日どこかに消えて私らはそれぞれほったらかされている。一応私たちのホテルは京都のエコノインというところなのだが、それぞれがバラバラでア〜ル!!!しかし...練習の時間になるとそれぞれが集まる事は確かだ。オガタは厳しかった。特にみんなの足のポジションにはうるさかったのだ。JBの影響もあってか、カッティングを引く回数が増えた、みんなでユニゾンでカッティングをしていると、非常にトリップできた。「最近は何も浮かばないな」チェジウが言った、それを待っていた!と言わんばかりにオガタはみんなをバンに乗せて夕焼けの鴨川脇を突っ走った!向かってる先は大阪のゴミ処理場だHUNDERTWASSERの見事な建築物の上で巨大なスピーカーを至る所に転ばせライブさせるのだ!一瞬 BZ'が頭の中に鳴ったが全然好きじゃない。焼却場はヒッピーだった。そして、お客と思われる人達がうろうろと集まりだしていたが、私たちはすぐに演奏させられた、ココで6時間演奏しろと言うのだ!焦ったが、「名前」はノッていた!私たちはオガタが企んでいた事をこの1月にまぶたの裏に焼き付けられていたのだ!

最初のカウントから3時間してやっと風が吹いた、我々は悲しいときに泣くようにギターを弾き、一人一人が1つの手になる指の踊に一体になった。オガタは私たちの音をPAとして完全なる宇宙を作り上げた。「大阪のゴミを成仏させる気かい?」北斗の拳を描く人が劇画ばりばりのロック漫画を描いていたらきっとこういう台詞を言わせるんだろうなと言うようなおやじが完全にイッタ目で踊っていた夜、スピーカーは気持良さそうだった

 

サイケデリック音楽と言う物にはアクセントが必要ない、もちろんアクセントを重視した曲でサイケデリックを感じさせるすばらしい曲はいくらでもあるのだが、それを取っ払って完全に流れ続け解放した喜びがサイケデリックなのだ!サイケデリックとは、主に昼間に、自然の中を飛ぶ誰もが頭の中に持っている異次元の血管である。
そんなフレーズが頭の中に鳴ったと思った瞬間 朝が来た。

人間は朝日を浴びて生まれ変わる、

昼になり、夜になり、時々夜中になり、明け方になる、「お母さん元気ですか?」ケータイが久しぶりになった。岡山の友人S氏からだった。岡山のハコは俺らが押さえたんだぜ!オガタにはせわになってるからね、S氏は「DUBD(ダムドのパクリ?)」と言うダブバンドのベーシストだ、我々はカンペキニ制限速度を守り走っていたので、岡山に着いたのは夜中だった。そこからなんか馬鹿でかい岩のあるとこに連れて行かれ、その下の神社に泊まった。次の朝起きると、住職さんが、精進料理を出してくれた。そして昼に住職に連れてかれて昨日の裏山の岩に行くと、なんと岩のあたりにデカイスピーカーの形した会場が建ててあり、ヒッピーやらラスタやらパンクスがまた集まっていた。住職はDUBDのギタリストでつくや否や演奏を始めた!超カッコいい。。。S氏のベースの弾き方は、オクターブでフレーズを弾きレゲエするのだ。ドラムもドシンプルで久しぶりに何もないバンドを見てホットした!、5時間後うちらの出番の頃にはもうすっかりミカサンがDUBDのドラマーの秋君に恋していた...ミカサン演奏中も全然心ここにあらズで、渋さ知らズみたいなノリ出してた。

 

第三章「汚れに色をつけて」

ツアーとは人を成長させるための外付けハードディスクである。

私たちが岡山を後にして、永い1週間がすぎた。秋君が行動を共にして、あいのりのような微笑ましい時間が過ぎた。そして今日は沖縄の基地での合宿?だ。